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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)441号 判決 1966年12月23日

原告 服部定雄

被告 水野成夫 外一五名

主文

原告の本件各訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の請求の趣旨および原因

一、請求の趣旨

1. 被告らは連帯して、サンウエーブ工業株式会社に対し金一億円およびこれに対する昭和四〇年二月四日から支払ずみにいたるまで年六分の割合による金員を支払え。

2. 被告柴崎勝男、同横田繁、同清水栄喜および同小宮俊は、連帯して、サンウエーブ工業株式会社に対し金一〇〇〇万円およびこれに対する昭和四〇年三月二六日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

3. 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

4. この判決は仮に執行することができる。

二、請求の原因

1. 原告は、昭和三六年以来引き続きサンウエーブ工業株式会社(以下訴外会社という。)の株式を有する株主である。被告生島俊二および同田中尚義を除くその余の各被告は、本件係争の時期において訴外会社の取締役、被告生島俊二および同田中尚義は、その監査役であつたものである。

2.(1)  被告取締役らは、訴外会社の昭和三九年三月一日から同年八月三一日に至る事業年度の決算に関し、同年一〇月二八日開催された定時株主総会に、総資産一六四億三四九〇万八九八六円、総負債一二六億八四〇六万七二二三円差引純資産三七億五〇八四万一七六三円となる旨の貸借対照表および右純資産から商法第二九〇条第一項各号所定の金額を控除した額の限度内であるとして総額二億一一八七万五〇〇〇円(年一割五分の割合で、一株につき三円七五銭)にのぼる利益配当に関する議案を提出し、被告監査役らは、右株主総会において、右議案を含む同決算期の損益計算書および貸借対照表等は、適法、正確かつ妥当である旨の監査意見を報告した。

かくして、前記利益配当に関する議案は、右株主総会において承認可決せられ、前記利益配当金のうち一億九九四三万七五五二円が各株主に配当された。

(2)  しかし、同決算期における訴外会社の真実の総資産は一五一億〇二七三万四〇〇〇円、総負債は一三一億六五四六万円であつて、純資産は一九億三七二七万四〇〇〇円にすぎず、これから訴外会社の資本の額二八億二五〇〇万円すらも控除できない状況であつた。

(3)  被告取締役らの商法第二九〇条第一項の規定に違反する利益の配当に関する議案を株主総会に提出した前記の行為は、同法第二六六条第一項第一号に該当する。また、被告監査役らは、同法第二七四条による会計監査ならびに会社の業務および財産の状況調査の権利義務を有するにかかわらず、これを怠り、被告取締役らの右の違法行為を放任し、かつ、同法第二七五条による財務諸表に対する監査意見として前記のとおり定時株主総会において不正の報告をしたものであつて、その結果訴外会社は違法に配当された金額に相当する損害を蒙つたものである。

(4)  よつて、商法第二六六条第一項、第二七七条および第二七八条にもとづき、被告らは連帯して、訴外会社に対し違法に配当された額のうち金一億円およびこれに対する被告らのうち最初に訴状送達をうけた被告磯崎寛二に対する訴状送達の日の翌日たる昭和四〇年二月四日から支払ずみにいたるまで年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

3.(1)  被告柴崎勝男、同横田繁、同清水栄喜および同小宮俊は訴外会社につき証券取引法第一九三条の二による監査業務を担当する公認会計士原英三から、前記昭和三九年八月三一日の決算期に関し一五億〇五四九万円の欠損が発生している旨の意見が表明されたことにもとづき、同年一〇月二九日、訴外会社に対し、右決算において準備金積立金および繰越利益金を差し引いてなお損失がある場合には、右被告らが連帯してその損失を填補する旨の意思表示をした。

(2)  しかして、訴外会社については同年一二月二四日更生手続開始決定がなされたが、管財人児玉俊二郎の調査によると、右同日までの欠損額の累計は三九億三二五三万一〇六四円に達し、これから準備金および積立金を差し引いてもなお三二億九六九八万五〇五七円の欠損があることが明らかとなつた。

(3)  右の欠損は、右被告らが取締役として訴外会社のため忠実にその職務を遂行すべき義務を怠つたことにより訴外会社の蒙つた損害であり、被告らの前記意思表示は右義務違反の責任を自認したものというべきであるから、原告は、商法第二六六条第一項第五号にもとづき、右被告らが連帯して訴外会社に対し、前記欠損のうち一〇〇〇万円およびこれに対する右被告らのうち最初に訴状送達をうけた被告清水栄喜に対する訴状送達の日の翌日たる昭和四〇年三月二六日から支払ずみにいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべきことを請求する。

4. 原告は、前記2掲記の請求につき昭和三九年一二月二一日到達の内容証明郵便をもつて訴外会社に対し、また前記3掲記の請求につき昭和四〇年一月二二日訴外会社管財人に対し、いずれもそれぞれの被告らに対し責任追及の訴えを提起するよう請求したが、それぞれその請求の日から三〇日内に訴えの提起がないので会社のため本訴を提起した次第である。

第二、被告全員の本案前の申立ておよびその理由

被告らは、主文同旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

原告は、本件各訴えについて当事者適格を有しない。すなわち、原告の本件各訴えは、商法第二六七条第二項、第二八〇条の規定にもとづき、同法第二六六条第一項および第二七七条の規定による取締役および監査役の責任を追及するものであるところ、訴外会社については本件各訴えが提起された日よりも前である昭和三九年一二月二四日更生手続開始決定がなされており開始決定がなされた場合には会社財産に対する管理処分権が管財人に専属し、会社はその財産関係の訴訟追行権を失うのであるが、同法第二六七条により株主の提起するいわゆる代表訴訟も資本充実の要請にもとづき株主が実質上会社の機関として訴権を行使する財産関係の訴訟であるから、会社が訴訟追行権を失つている以上、株主もまた代表訴訟を提起する権能を失うものというべきである。したがつて、原告の本件各訴えは、当事者適格を有しない者の不適法な訴えとして却下を免れない。

第三、被告らの本案前の申立てに対する原告の反駁

株主の代表訴訟について被告らの主張するような見解をとると、次のような不当な結果を生ずる。すなわち、管財人は、取締役らに対する、その責任にもとづく損害賠償請求権の査定申立てをするかどうかを自主的に判断するが故に、株主が責任追及の訴えの提起を請求しても管財人がこれに応じないときは、更生手続が終了した時にはすでに時効が完成してしまつているという結果も生じかねない。また、管財人が査定を申立てていない取締役らに対して株主が代表訴訟を提起すれば会社にとつてより有利であることは明らかであるが、株主の代表訴訟を否定すれば、それができず、会社の資本充実は期せられない。

第四、被告らの個別的答弁および抗弁

一、被告水野成夫

1.原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求める。

2.請求の原因1のうち原告がその主張のような株主であることおよび原告主張のころ被告水野が訴外会社の取締役であつたことは認める。同2(1) のうち訴外会社から利益配当がなされたことは知らない。その余の事実は否認する。被告水野は訴外会社の取締役会および株主総会に出席したことはなく、したがつて、利益金処分案を提出したことはない。

二、被告柴崎勝男

1.原告の各請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める。

2.請求の原因1のうち、原告がその主張のような株主であることおよび原告主張のころ被告柴崎が訴外会社の取締役であつたことは認める。同2(1) の事実は認める。同2(3) の事実は否認する。同3(1) のうち原公認会計士が監査意見を表明したことは認めるが、その余の事実は否認する。同3(2) のうち、訴外会社が更生手続開始決定をうけたことおよび管財人が欠損額を公表した事実は認めるが、その余の事実は否認する。同4のうち、原告が管財人に対し責任追及の訴えの提起方請求したことは知らない。

原告の主張は、原公認会計士の監査意見にもとづいて株主総会に提出された貸借対照表を修正したものであるが、右公認会計士の監査意見は厳正公平な監査にもとづく公正妥当な意見ではない。また昭和三九年一二月二四日現在で管財人が作成した貸借対照表(この作成には、右の原公認会計士が関与している。)は株式会社の貸借対照表及び損益計算書に関する規則(昭和三八年三月三一日法務省令第三一号)に拠つたものではなく、したがつて、商法第二八一条所定のものではない。

3.違法利益処分に関する商法第二六六条第一項の取締役の責任は無過失責任ではないと解すべきところ、被告柴崎は訴外会社の創業者として、また大株主としてその経営に関し自由裁量権の範囲内で合理的判断をもつて政策を決定し行動してきたのであつて、自己所有の不動産を会社のため担保に提供するほか、会社の経費を極力切り詰めてひたすら訴外会社の興隆に努め誠実に職務を遂行してきたものである。そして、昭和三九年八月三一日の決算も、被告が経営者としての合理的経営判断に従つて誠実に行つたものであつて、違法な利益配当をするについて過失はなかつたものというべきである。

三、被告横田繁、同清水栄喜、同小宮俊、同長谷川博および同多胡賑一郎

1.原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求める。

2.請求の原因1のうち、原告がその主張のような株主であること(たゞし、被告長谷川、同多胡は不知)および原告主張のころ右各被告らが訴外会社の取締役であつたことは認める。同4のうち原告主張の内容証明郵便が訴外会社に到達したことは認める、原告が管財人に対し訴えの提起を請求したことは知らない。

なお、前記二被告柴崎勝男の答弁2第二段の主張を援用する。

四、被告布施正視、同磯崎寛二、同大山好通、同笠原敬、同坂元輝政、同島崎勝治および同南山育長

1.原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求める。

2.請求の原因1のうち、原告主張のころ右各被告らが訴外会社の取締役であつたことは認めるが、その余は知らない、同2の事実は否認する。同4のうち原告が訴外会社に対し訴の提起方請求をした事実は知らない。

なお、前記二被告柴崎勝男の答弁2第二段の主張を援用する。

五、被告生島俊二、同田中尚義

1.原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求める。

2.請求原因1のうち、原告主張のころ右各被告らが訴外会社の監査役であつたことは認めるが、その余は知らない。

なお前記二被告柴崎勝男の答弁2第二股の主張を援用する。

第五、証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因事実によれば、本件各訴えは、原告が昭和三六年以来訴外会社の株式を有する株主として、訴外会社に対し、昭和三九年一二月二一日到達の内容証明郵便をもつて、商法第二六七条第一項、第二八〇条の各規定にもとづきその取締役または監査役である被告らに対し、同法第二六六条第一項第一号、第二七七条の各規定による責任追及の訴えを提起するよう請求し、また、訴外会社の管財人に対し、昭和四〇年一月二二日同法第二六七条第一項の規定にもとづき取締役である被告柴崎勝男外三名に対し同法第二六六条第一項第五号による責任追及の訴えを提起するよう請求したところ、いずれも右請求のあつた日から三〇日内に訴えの提起がなかつたので、訴外会社のため、当該被告らに対し責任を追及する訴えとして提起されたものであることが明らかである。

二、ところで、原告の本件各訴訟提起の日が昭和四〇年一月二一日および同年三月一六日であることは本件記録上明らかであるが、これより先、昭和三九年一二月一二日訴外会社が当裁判所に対し更生手続開始の申立てをし(当庁昭和三九年(ミ)第三三号)、当裁判所が右申立てにもとづき同年一二月二四日訴外会社に対し更生手続開始決定をしたことは、当裁判所に顕著な事実である。

三、そこで、更生手続開始後に株主がいわゆる代表訴訟を提起することができるかどうかについて判断するに、当裁判所は、以下に述べる理由により消極に解する。すなわち、更生手続開始決定があると、商法第二六六条第一項、第二七七条の各規定にもとづいて会社が取締役または監査役に対して提起すべき責任追及の訴えは、会社の財産関係の訴えとして、管財人が当事者適格を有する(会社更生法第九六条)のであるが、更生手続においては、管財人が会社財産の管理および処分の権利を専有し(同法第五三条)、裁判所の監督の下に善良な管理者の注意をもつて、株主を含む利害関係人のすべてに対し公平誠実に職務を遂行する責任を負い、その注意義務を怠つたときは利害関係人に対して損害賠償の責に任ずることとされている(同法第一〇一条、第四二条第一項、第四三条)のであるから、責任追及の訴えについても、これを提起するかどうかあるいは右の訴えによらないで取締役らに対する損害賠償請求権の査定の申立(同法第七二条第一項第一号)をするかどうかを、専ら管財人の判断に委ねていると解することが会社更生法の趣旨に適合するというべきである。

そうとすれば、取締役や監査役らの間の特殊な関係から会社が取締役らに対する責任追及を怠ることあるべき弊害を予想して設けられているところの商法第二六七条、第二八〇条の各規定にもとづく株主のいわゆる代表訴訟の制度は、更生手続の進行中はその適用の余地がなく、請求に対して管財人が訴えを提起しないからといつて、株主が右各法条を根拠として責任追及の訴を提起することはできないものといわなければならない。

そして、この理由は、会社に対して責任追及の訴えの提起方を請求したが、いまだ会社が訴えを提起しない間に会社につき更生手続が開始された場合においても異なるところはない。

四、叙上説示のとおり、更生手続進行中は、管財人のみが取締役らに対する責任追及の訴えの当事者適格を有するものと認めるべきであるから、株主たる地位にもとづいて提起された原告の本件各訴えは、他の点を判断するまでもなく、不適法な訴えとして却下を免れない。

五、よつて、民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 西山俊彦 柴田保幸)

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